病気と私

躁鬱って鬱よりも理解されてないと思う。
躁状態、周りから見たら普通じゃん
って見えると思うけど、
普通じゃないんだよねー

鬱と躁の繰り返しの波に結構本人悩むから

躁状態だからって学校行けるって訳じゃないのよね
外出出来てても遊べてても勉強できてても
それ1週間に何日間もないからねー


それに波は予期しないタイミングで来るから
授業時間に躁が被ること少ないんだよね

彼氏いるじゃん普通にって見えるかもだけど、
病院一緒に行ったり
鬱の時に助けてくれたり
躁落ち着かせてくれたり
理解ある人だから
私の傍にいられてるだけだと思うよ
好きだけじゃ成り立たない


骨折した人とかのリハビリと同じで、
外出して買い物とかお出掛けとか
リハビリの1つであって、
サボりではない

最初はこんな自分サボりでしかない
って悩んだ時期もあったけど、
それは違ってて
ゆっくり寛解していかないといけないものだって
やっと受け入れられた


本人にしか、経験者にしかわからない
ってまさにそう

最近の自律神経系の乱れによる
発熱やら不調やらも自己中から起こるのか、
そうでないのかは
もう周りになんて思われてもいいやって思ってる

色々あって悪化しちゃったのは事実だし、
一気に寛解までいくわけないし


私は私なりに
上手く病気と付き合って
来年からもやっていくつもりだし、
今も出来ることから
少しずつ積み重ねるしかないと思ってる
学校の先生とか
つれとか親友とかには
かなり迷惑かけてしまってるかもしれないけど
寛解したら
必ず恩は返そうとも思っているし
ありのまま受け入れるしかない


わかってくれる人だけに
わかってもらえれればよくて、
全員にわかってもらおうとは思わないようにした

そしたら少し楽になったし、
自分の無理な範囲や限界の範囲も
少しずつ見えてきて、
冷静に考えることができるようになってきている
と思う

悪化はしてるけど寛解にも近づいてる


しんどい時には無理をしないで休んで、
周りばっかり気にしないで
自分は自分って割り切って、
出来ることだけ着実に固めていって

自分の弱い部分や
躁や鬱や全て受け入れられるようになったら
いいんだろうなあとは分かる

でも、常に、
自分の状態を分かってくれてる人や
周りの環境には感謝していかないとな、
って意識はし始めた

今の自分があるのは周りのお陰でもあるのだから

日常生活は感謝で溢れている

病気になって葛藤しまくって見つけられた
1つの大きな発見だとは思うかな